敗戦と懲罰的政策
わたしたちの国の軍国主義の復活を不可能とするため、軍事的色彩の強い工業の余剰生産力の賠償取立を決定しました。
敗戦とこの懲罰的政策のため経済は混乱し、生産は縮小し、失業と生活の窮迫がはなはだしく、これは占領政策そのものの遂行を困難とするにいたりました。
加えてアメリカとソ連の対立が表面化した。
そのため占領政策は、わたしたちの国の非軍事化を手直しし、反共陣営の一員として経済を復興させるという第二期、ストライク・ドレーパー的段階に入りました。
この段階の占領政策は、経済危機打開と自立化促進で、占領軍がガリオア資金による物的援助、貿易の再開・拡大がはかられ、わたしたちの国に許すべき工業能力の枠を決定し、経済自立のための産業規模を戦前(昭和5~9年)の生活水準におき、軍需施設以外の賠償生産施設の撤去を緩和したことです。
それでは今日はこのへんで。。。
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