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2011年09月 アーカイブ

敗戦直後の自動車工業の状態

わたしたちの国の自動車工業は、航空機、船舶最優先策によってその生産能力を縮小し、減少傾向をたどっていました。


そして鉄道中心の交通体系のもとで未発達かつ貧弱であった道路上を軍民合計4万3000台の可動トラックが無修理、部品不足のまま、すりへったタイヤをつけて各種の代用燃料を用い走りまわっていたにすぎない。


とく罠間輸送にいたっては、乏しい自動車を軍に徴用されたため、馬車、荷車、自転車、リヤカー依存の昭和前期の交通体系に逆もどりしていました。


中古車情報によりますと、昭和20年未の通運棄用所有運難具をみると、トラック5808台(うち普通車3922台、小型車2838台、特殊車248台)に対し牛、馬車4566台、荷車、リヤカーは実に芳4875台に達していたそうです。

自動車工業とトラック

中古車情報でも以前見ましたが、わたしたちの国の自動車工業の機械設備そのものは比較的温存されていたことに注意しなければなりません。


わたしたちの国工業の空襲、艦砲射撃の奎目は、エネルギー、機械部が大きかったが、自動車工業にいたっては、トラックの生産を昭和16年の月産4400台から被害直前には設備の外地移駐、疎開などで月産3600台へと18%を、さらに空襲などによって2企業、2工場を焼失して、結局、月産750台へと20・8%を減少させただけでした。


したがって、自動車工業は、昭和11年代に輸入されたアメリカ、ドイツの自動車工業の機設備を改良・発明する時間的余裕もなくそのまま温存させていたことになる。


それはアメリカの戦略爆撃の第一目標が都市、石油精製、航空機、船舶、鉄道に集中したことに原因があります。


ともかくわたしたちの国の自動車工業はトラックに関するかぎり、原材料さえあればある程度量産可能な状態でした。

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