敗戦直後の自動車工業の状態
わたしたちの国の自動車工業は、航空機、船舶最優先策によってその生産能力を縮小し、減少傾向をたどっていました。
そして鉄道中心の交通体系のもとで未発達かつ貧弱であった道路上を軍民合計4万3000台の可動トラックが無修理、部品不足のまま、すりへったタイヤをつけて各種の代用燃料を用い走りまわっていたにすぎない。
とく罠間輸送にいたっては、乏しい自動車を軍に徴用されたため、馬車、荷車、自転車、リヤカー依存の昭和前期の交通体系に逆もどりしていました。
中古車情報によりますと、昭和20年未の通運棄用所有運難具をみると、トラック5808台(うち普通車3922台、小型車2838台、特殊車248台)に対し牛、馬車4566台、荷車、リヤカーは実に芳4875台に達していたそうです。