自動車文明の輸入
太平洋戦争は、わたしたちの国自動車工業からいうと、わたしたちの国に進出したアメリカのそれに対抗するため、旧陸軍の保護育成下にすでにGMに敗退したグラハム・ペイジのプラント輸入、すなわち模倣として成立、発展し、そしてアメリカの石油輸出禁止でその機能を失いながらその模倣の対象たるアメリカの自動車工業と戦ったことになろう。
中古車情報によりますと、昭和20年8月の無条件降伏は、わたしたちの国の自動車工業にとって最大の保護者であった旧陸軍が全面的に崩壊し、それにかわって、わたしたちの国の自動車工業を圧迫しつづけたアメリカのそれが戦勝者になったことだそうです。
と同時にアメリカの自動車工業の発展を基準とすれば、わたしたちの国のモータリゼイショソを歪めた旧陸軍に象徴される社会、経済的要因が否定され、民主主義という名の自動車文明に象徴されるアメリカン・ライフが模範として導入されたことでもあります。